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2017年04月24日15時00分
入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.30
一般社団法人国際建設技能振興機構 (FITS) 広島連絡所
指導相談員 伊藤 直幸さん
【外国人建設就労者受入事業に係る制度推進事業実施機関】

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外国人技能人材を支援するFITSの役割。
一般財団法人国際建設技能振興機構(FITS=フィッツ)は、建設分野をはじめとする技術・技能・知識を習得・実践しようとする各国の人材の受入れ、育成等が適正に実施されるよう支援を行う団体。
平成27年3月、国土交通省からの委託を受け設立された。
東日本大震災の復興や、2020年の夏季オリンピック開催などに向けて、鉄筋工やとび職などの技能工は、社会インフラを支えるために必要とされているが、日本人就労者は不足している。
それを補ってくれる外国人の労働力を確保するため、FITSでは、日本で働く外国人やその受け入れ企業に対し、情報提供や指導、研修やセミナー等の開催、広報、啓発などさまざまな支援を行っている。

中国地域の受入建設企業を巡回指導。
伊藤さんは、山口県出身。
国土交通省で公務員として勤めた後、民間に9年間勤め、65歳で退職。会社員時代に取得した社会保険労務士・行政書士の資格を活かし自宅で仕事をしていたが、一昨年、FITSの設立時に声がかかり入所した。
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現在は、同僚の上田義博さんと2人で、中国5県にある受入建設企業への巡回指導にあたっている。
経営者や外国人労働者のヒアリング、賃金台帳や宿泊設備の確認などから、労働条件がちゃんと守られているかを巡回指導するのが2人の仕事。対象のほとんどは少々企業。想像と異なり、話をしてみると、社長や社長の奥さんの就労者に対する熱い思いやりが伝わり、
「優しい企業だなと感じることが、意外と多い」
という。外国人労働者からは、
「日本はいい。ずっと日本に住みたいが、どうしたらいいか」
と相談を受けることも少なくないという。
現行では外国人の技能実習制の期間は3年。きつい外仕事に我慢できない日本人が多い中、彼らの存在は大きい。
3年の期間を5年に延ばしたり、再度、日本に来てもらう制度の整備などが必要とされる中、FITSの果たす役割は重要だ。
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受入建設企業へは、JRとレンタカーで移動する。中国5県を担当するのは大変だろうと心配したが、
「知らないところへ行くのは好き」
と、伊藤さん。もちろん若干疲れるが、
「いろいろな企業の経営者やその奥さんと話すのは、面白い」
そして仕事が終わって、緊張感から解放されて飲むお酒は旨い、と前向きだ。

今、仕事を楽しんでいる幸せ。
「自分自身が楽しんでする仕事があることが、ものすごくありがたい」
という伊藤さんは、現在、69歳。
「『私仕事する人、あなた家守る人』と言う ”昭和のおやじ”」
と、ご自身を評するが、
「今の満足度が高い」
と迷わず言える生き方は、素敵だ。
「お金にならない資格をとるのが好きね(笑)」
と奥さまから言われるくらい、活動的な伊藤さん。取得した資格は、社会保険労務士、行政書士のほか、防火管理者、簿記、建設業経理士、アマチュア無線、野外活動指導員と、幅広い。
趣味は歩くこと。
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雨天でない限り、朝5時から7時の2時間、庚午〜アルパーク〜広島市中央卸売市場〜太田川放水路など、自宅周辺の約8kmを、ラジオを聴きながら歩く。日曜日には、
「今日は、山に行こう」
と思いつき、ふらっと弥山を登ったりする。
限られた人生、充実した日々を送りたい。明日の幸せのために、今日我慢する歳は卒業した。だから、
「おいしいものは、今、食べよう」
というのがモットー。

SO@Rビジネスポートのことは、知人が入居していたので、
「こんな所があるな」
と知っていた。だから、FITSから広島に連絡所を開設したいとの意向を聞いた時にすぐに思い浮かんだそうだ。
自宅に事務所を置くこともできたが、
「留守中に届いた荷物を受け取ってくれる受付があるのは助かるし、自宅の住所を表に出すリスクも避けられる」
と伊藤さん。
これからも、SO@Rビジネスポートのメリットをしっかり活用してくださいね。
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インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴

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2017年02月16日13時00分
入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.29
日本プラスト株式会社
営業部 広島営業所 課長 千葉 宏幸さん
          係長 関口 崇さん
【合成樹脂の製造及び加工販売、自動車に関連した部品の製造加工修理販売ほか】

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グローバルな自動車部品企業「日本プラスト」。
日本プラスト株式会社(以下、日本プラスト)の本社は、静岡県富士宮市。自動車用の安全部品や、樹脂製品などを製造している。
創業は1948年。プラスチック製のボビン(ミシン糸を巻くための筒状の道具)製造を要に設立し、1960年頃よりハンドルなど自動車部品の製造を開始した。
自動車の普及に伴い、着実に成長。カーメーカーが海外へ出るのに合わせ、日本プラストの工場も国内から海外へと広げた。
1990年にはジャスダック市場に上場(2008年4月25日上場廃止)、2008年に東京証券取引所二部に上場。現在に至る。

本社(静岡)と広島を往来「趣味は家庭菜園」の千葉さん。
千葉さんが入社したのは1997年。日本プラストがアメリカやメキシコに出始めた頃だった。
最初の3年間は、海外工場とやりとりする部署に所属。その後は、栃木営業所で12年間、本社(静岡)で5年間、営業一筋でやってきた。
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現在は、本社で既存顧客との取引や新規事業へ取り組むほか、昨年4月からは、本社と広島営業所を隔週で行き来し、広島や九州などの新規取引先開拓を行っている。
小6と小1のお子さん二人と、奥さまの4人家族。
趣味は、家庭菜園。静岡の自宅に15m×10mほどある菜園を作り、葉物や根野菜などさまざまな野菜を育てているそうだ。
「土をいじっていると落ち着く」
と、千葉さん。
堅実なイメージが伝わってくる。

栃木営業所と広島を往来「1歳のパパ」の関口さん。
関口さんは、2005年に入社。公務員を目指していたが、ある日、同社の求人を見て、
「こういう仕事もあるんだな」
と、これまで知らなかった世界があることに気づいたという。
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入社後、現在までの12年間、営業部 栃木営業所に所属。ホンダとの取引を担当しながら、昨年4月からは、西日本での新規開拓のため、栃木と広島営業所を隔週で行き来している。
ステアリングやエアバッグのほか、内装も得意とする同社。ホンダのオデッセイやヴェゼルの内装も日本プラスト製で、関口さんが受注した。
「毎日、苦労もあるが、受注した時の喜びが、営業の醍醐味」
と、関口さん。
受注した後も、契約の時や、生産されて世の中に出た時も、そのたびに喜びを感じるという。
家族は、1歳5か月のお子さんと奥さまの3人。
趣味は、お酒と音楽。
「ビール以外なら何でもOK」
「いいと思った音楽は何でもOK」
そんな言葉から、関口さんの柔軟な性格がうかがえる。

ウレタンの新素材から生まれる可能性。
「高級スポーツカーの日産GTRからスズキの軽トラCARRY(キャリィ)まで、日本プラスト製のハンドルは多様にわたる」
と、千葉さん。
もともとはプラスチック製だった自動車のハンドルだが、ゴムに代わり、現在はウレタンで作っているそうだ。
そのウレタンの端材が、製造の過程で大量に出ることから、これを利用した新素材「NPORUS(エヌポーラス)」を開発。
傾けて、組み合わせて飾って楽しめる、新しいインテリアグリーン「TRY ANGLE(トライアングル)」を商品化した。
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「NPORUS」は、帯広畜産大学との共同研究で開発。ウレタンの内部に微細空洞を形成する分解技術によって生まれたもので、優れた吸水性、保湿性、吸音特性を有している。
これを小さな三角の鉢にして観葉植物を植えた商品が「TRY ANGLE(トライアングル)」である。
まずはネットショップで個人への販売からスタートしたが、ビジネス展示会など各所でPRすることで、様々な業界からこの利用法についてのアイデアが集まってきている現状。
軽量であるという特長を活かして壁面緑化に使う等、幅広い用途での可能性が期待できる。

またウレタンを活用した新素材NPORUS以外にも、自動車部品の製造で培った技術を活用した新事業・新商品も現在、検討中である。

じっくりと広島から広げる営業活動。
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関口さんから見た千葉さんは、
「真面目で怖い」(笑) 
知識豊富で、様々なことを教えてもらっている。
「いろんな側面をもっているから、喋っていて楽しい」
という。
千葉さんから見た関口さんは? との問いに返ってきたのは、
「たまに寝坊したり、抜けてるよね」(笑)
その言葉からは、関口さんの愛されキャラが感じられた。
二人とも広島に居る時は、ホテル住まい。活動範囲は、九州までと幅広い。夜は9時頃まで仕事をしてオフィスとホテルを往復する日々。昨年4月からだからもう、10か月。
「簡単な買い物ではないので時間はかかるが、広島で、必ず成果を上げたい」
という二人にぶれは無い。既に手ごたえは感じているという。
ご家族と離れ、きっと寂しい時もあるんじゃないかと想像するが、SO@Rビジネスポートのフロントスタッフが書くblog記事
「『周辺ランチスポット』を見て、時々食べに行っている」
と聞き、なんだか嬉しかった。
ほんの、ほんの少しでも、お役に立てれてるのかな〜〜〜
ここ広島で、二人が挑戦する新規開拓が、必ずうまくいきますように! 
願わずにおれない。

インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴

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2016年10月31日16時00分
入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.28
ECベース合同会社 松浦 勇人さん
【WEBでの輸出及び国内販売・ECコンサルティング】

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Amazonアメリカでの日本商品の輸出販売と、
そのコンサルティングの仕事。
独立は2015年3月17日。
ネットショップを通じての商品販売と、ネットショップのコンサルティング事業を柱に個人事業主からスタート。
1年半を経、今年10月17日に合同会社に組織変更した。
現在は、Amazonアメリカを通じて、おもちゃや文具など日本の商品を販売するほか、国内でのWEBコンサルティング業を主としているが、今後は、Amazonアメリカに出店する日本のショップを対象に、そのノウハウを指導するコンサルティングにも力を入れる予定。

完全歩合報酬で、
数々のネット販売を成功させた実績を活かして。
2007年8月。まだWebマーケティングが確立されていなかった当時。
知り合いの社長の会社のインターネット販売事業を、自身は完全歩合報酬で、ほぼ0から開始し、翌年にはWEB売上200万/月を突破し、その会社の取締役に就任。
2009年には300万/月突破、2010年には400万/月突破、2011年には500万/月突破・・・と確実に売上げをのばし、2015年までギネスWEB売上650万/月という実績を築いた。
そして2015年に、ECベースを立ち上げ独立する、
完全歩合で働いたサラリーマン時代、
「やればやるほど、売れた時代。楽しかった」
と、松浦さん。
しかしネットショップの販売方法が広まった今は、難しい時代に突入した。だからこそ、
「日本からアメリカへ。次は、カナダ、イギリス、スペインetc 」
新たな市場へと、松浦さんのビジネスは広がる。

商社で海外営業×居酒屋に従事
この経験から学んだこと。
出身は廿日市市。
広島大学附属中・高等学校を卒業後、早稲田大学理工学部に入学。
大学卒業後は、日商岩井の専門商社(現アルコニックス株式会社)に就職。海外貿易営業を経験した。
「当時は、勘違いしていた」
と、松浦さん。
派手に遊ぶ先輩たちの、表面だけを見て、
「誰でもうまくやれるんじゃないか」
と思ってしまった。
そのころは、その先輩たちの深いところを見ず、要領良くやっているからうまくいっていると思い込んでいた。
のちのワタミ時代に気づくが、努力せずうまくいっている人はいない。遊んでいた先輩方もみな陰で必死の努力をしていたのだ。
「仕事の本質がわかっていなかった」
と、当時を振り返る。
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長男なので、いつか広島に戻ろうと考えていた松浦さんは、その後、地元で独立できる可能性のある、ワタミ株式会社に転職。
5年間、居酒屋経営に従事した。
ワタミでは、カリスマ社長の渡邉美樹氏の元で鍛えられた。その経験から、
「 ”ずっと仕事のことを考える頭” になった」
と、松浦さん。そしてこの時、
「皆、努力していることに気付いた」
のだという。気付いたら、
「あ、やればいいんだ」
と思考が変わり、実際の行動へと繋がった。

そして、ワタミの店舗を運営しながら、顧客満足とは何か、その本質を学んだ。
「顧客満足度を高めると、それが信用となり、繁盛に繋がる」
これは、ネットショップにも置き換えても言えることであり、ビジネスの本質である。
実際、松浦さんのショップは、前職のネットショップでのお客さまレビューは5点満点中4.7点(楽天・Yahoo等)。 現在のアメリカAmazonでは、なんと99点という高得点も取っているという。(アメリカAmazon全体の基準では、100点満点中、95点以上あれば、良い店舗とみなされる)
現在、売上が上がっているのは、徹底的に顧客満足度を重要視したからこその結果でもある。
「ワタミでの経験が、独立した時の行動ベースになっており、今、一人で頑張れているベースとなっている」
と、松浦さん。
経験に学び、気付きを素直に行動に移す、松浦さんの真摯な人柄が、取材を通し伝わってきた。

経営に情報は必須、
ネットショップオーナー同士の情報交換も大切に。
今後、Amazonジャパンに出店しているショップオーナーたちが、Amazonアメリカへの展開に乗り出すだろう。
「しかし、Amazonサイドが言うほど、簡単ではない」
と、松浦さん。
「経営者は、早く順調に進めたいと思うのは常だが、実際、スタートは大変」
しかしそのノウハウを積んできた松浦さんだからこそ可能なのが、Amazonジャパンへ出店するオーナーたちに、アメリカ進出のノウハウを教えることだ。
それはライバルを増やすことになるんじゃないか? との質問に、「しっかりフォローした人は、返してくれる」
ネットショップの経営には情報が大事で、それを交換し合える横の繋がりが、築けるということだ。

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「趣味は、呑むこと(笑)」
という松浦さん。SO@Rビジネスポートの入居者の中にも、同業者であり、よく一緒に飲みに行く仲間がいるという。
SO@Rビジネスポートのオフィス環境について、ビジネスのことを話し合える仲間ができたことのほか、一人だと孤独だけど、夜とか祝日とかに、他にもやっている人が居ると
「あの人もやってるな!」
と思って、頑張れるという。
こちらが導くわけでもなく(笑)、こんな話をしてくれる松浦さんの気配りからも、ネットショップの顧客満足度の高さが頷ける。
アメリカの次は、カナダ、そして、イギリス、スペインetcと、広げ、いつか海外の子どもたちの支援をしたい。
そんな松浦さんの成功を、祈らずにはおれない。

インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴

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2016年09月14日17時56分
入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.27
PRPH  吉田 光宏さん
【ビジネスプランナー・メディアコーディネーター】

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効率的&効果的なPR戦略を支援。
20年間、新聞社に勤務し、独立した吉田さん。
製品やサービスなどさまざまな情報をニュースとして発信し、知名度&収益アップにつなげる支援をしている。
製品やサービスには必ずどこかにきらりと光る情報があるもの。そこに普遍的な「ニュース性」を見い出し、コンセプト構成→その具体的な日本語表現→リリースを含むメディアへのアクセス→印刷物作成まで手掛け、効率的&効果的なPR戦略を目指す。

子どもの頃から文章が好きだった。
小学生の時は壁新聞を作り、中学生では新聞配達をし、高校生では新聞部と写真部に所属。根っから文章を書くのが好きだった。本もたくさん読んだ。
東京の中央大学に進み、多くの学生が弁護士を目指す中、創造力が求められる映像や広告フィルムのディレクターに憧れ、メディアへの就職を目指すサークル「グループH」に所属。作文やスピーチのトレーニングを積んだ。

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「行くところに事件あり」多くの記事を書いてきた。
大学卒業後は、地元広島の新聞社に入社。カープ2度目の優勝の年だった。
本社で報道部を1年経験した後、山口支社へ配属され、県庁や県警を担当。
「行くところに事件あり」
そう言えるくらい、殺人事件などさまざまな記事を書いた。
入社5年目の時に、陸上自衛隊山口駐屯地で起こった訓練中の自衛官による小銃乱射事件では、犯人を連行して警察署に入るまさにその瞬間を捉えた吉田さんの臨場感あふれる写真が、朝刊(1984年2月28日付)の一面を大きく飾った。
正門で多くのマスコミがカメラを構えて待ちかまえる中、機転を利かせて裏の通用門との中間で待機していた吉田さんただ一人が、
猿ぐつわを当てられ、機動隊に連行される犯人の姿を正面から撮影することができたのだった。

見出しのコピー製作やレイアウトを10年間。
新聞ならではのレイアウトのルールがある。それを守りつつ、写真と原稿を調整して紙面に配置し、見出しのコピーを制作する。日刊紙だから当然、かけられる時間はタイト。
そこには高い能力が必要とされる。
山口支社に6年勤務した後は、第一整理部でそんな仕事を10年間担った。

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アメリカ留学で得たもの。
第一整理部に在籍中、1993〜94の1年間、スタンフォード大学ナイト・フェローシップ(中堅ジャーナリスト対象のプログラム)に留学した。
実力がものを言うアメリカ。
ローカル紙からスタートしても、数年で転職を繰り返し、実力次第で、ワシントンポストやニューヨークタイムスへキャリアアップするジャーナリストたちも、現実に居る。
日本とは全く違う、彼らの独立志向から、刺激を受けた。
また、アメリカは、自然保護運動のメッカ。
1999年に新聞社を辞めフリージャーナリストとして独立した後、2000年に日本環境ジャーナリストの会に加入した。自然環境だけでなく、自然と関連の深い農林水産業の取材を続けた。ジャーナリズムとしてテーマを追究するのはアメリカでの経験が影響しているのかもしれない。その後、2010年からビジネスプランナー・メディアコーディネーターの活動も始め、農政ジャーナリストの会へも加入した。

自然体をモットーに。楽しみは、歴史にまつわる旅行。
妻と、娘2人の4人家族。
輝いていた「昭和」を懐かしみ、麻丘めぐみの笑顔がまぶしい歌謡曲や勧善懲悪のドラマなどをYou tubeで見ながら息抜きしている。最近は、学生時代の友人と高杉晋作と吉田松陰をしのぶ“維新の旅”、水森かおりの「東尋坊」「輪島朝市」を口ずさみながらの能登半島の旅、石川さゆり「津軽海峡冬景色」で歌われる龍飛岬訪問など、国内をあちこち旅している。9月は尾瀬と国定忠治の赤城山を訪ねたばかり。
来年のお正月には、東京両国の吉良上野介の屋敷跡から、泉岳寺までのルートを歩いてたどる“忠臣蔵の旅”をする計画まで、既に立てているのだとか。

好きな言葉は「遠山の金さん」にも出てくる「至誠一貫」
新聞社時代、聞いたことにはちゃんと対応し、「嘘を書かない」ことを貫いたという吉田さんの姿勢が、この言葉からも感じられる。
大切にしていることは、「自然体」。
あたりまえだが、人間が生きるうえで欠かせないものであり、そこからインスピレーションが得られるのが自然の力。
IT企業の一大拠点、シリコンバレーのあるサンフランシスコ湾エリアにだって、自然は豊かにある。
現在はWebの時代だが、紙で伝えてきた新聞記者としての経験により、デジタルだけでは養えなかったであろう大切なものを、たくさん身につけることができた。
そんな吉田さんの経験を凝縮した、PRの仕事は、多くの企業に必要とされている。
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インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴


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2016年07月05日15時46分
入居者紹介「Gorai’インタビュー」vol.26
ごほうびPhoto
 なんなあみかる 中川 洋子さん
 カメラマン Shot Production 森下 彰三さん
 エディター M-create 下坂 涼さん
【動画・フォトブック作成・女性のセミヌード撮影プロデュース・プライスレスな「ごほうび作り」のお手伝い】

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3人の出会い。
「ごほうびPhoto」は、代表の中川さん、カメラマンの森下さん、下坂さん3人のユニット。ソアラサービスの創業支援プログラム「FLY HIGH!」に参加した、中川さんと森下さんが出会ったのを機に産まれた。
趣味の動画やフォトブックの作成、女性のセミヌード撮影プロデュースなど、写真や動画で自分の個性を表現したいという顧客の「ごほうび作り」を提供している。
起業から1年半。このたび新たに、エディターの下坂さんをメンバーに加え、夢に向かってまい進中だ。

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デパートでの販売経験18年の、中川さん。
代表の中川さんは、デパートの酒売り場で18年間、販売一筋でやってきた接客のプロ。在職中には、ワインやチーズに関する資格も取得し、女性の多い売り場ならではのコミュニケーション力も磨いた。両親からは、
「一度は商売せにゃあ、つまらん」
と言われて育った中川さん。
会社からは専門職として重宝されるが、異動のない職場に、いつしか、一つのところにへばり付くのは自分にはムリ! と感じるようになったという。
「自分で事業がしたい」
そんな思いを抱いた。
「知らない世界をもっと見たい、もっと広く、いろんなことを知りたい」
その思いは募る。
2004年、姉夫婦が実家で仕出し屋を始めたのを機に、退職。店舗のプロデュースを手掛ける一方で、マナー講師の資格も取得。これまでの経験を生かし、講師として創業しよう・・・
そう思って参加した創業支援プログラムだったが、そこでカメラマンの森下さんと出会ったことが、「ごほうびPhoto」創業に繋がった。

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東京で映画やCM撮影などの経験を積んだ、森下さん。
カメラマンの森下さんは、根っからの、映像好き。福岡の大学を卒業して一般企業に就職したものの、映像の仕事に興味があり、夜間、写真や映像を学ぶため専門学校に通った。機材を学校でレンタルし、8mmフィルムの自主映画を撮ったりもした。
20歳代で転職し、撮影機材のレンタル会社に入社。業界関係者との接点をつくり映画カメラマンのアシスタントを務め、30歳で独立。プロカメラマンとして映画やCM撮影の仕事を、多数、手掛けてきた。デジタル化が進んで以降は、ディレクションや編集にも携わり、縁あって何度か広島で仕事をしたのをきっかけに、「いいところだな」と思って2011年、拠点を広島へ移す。

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きっかけは、頑張った自分へのご褒美。
2014年の夏、ソアラサービスの創業支援プログラム「FLY HIGH!」の面接で偶然一緒になった2人。
森下さんの経歴を知り、中川さんは、かねてより自分がやりたくても出来なかったことをお願いしてみた。
「わたしのセミヌード写真を撮ってもらえませんか?」
実は中川さん、80kg以上あった体重をダイエットして30s落としたので、今の姿を記念に写真に残したいと思いあちこちあたったが、広島では撮影してくれるスタジオを見つけられず、実現できないでいたのだった。
それは、頑張った自分へのご褒美でもあった。

東京だったら普通にあるセミヌードの撮影スタジオ。
「広島に、無いというのが不思議だった」
と、森下さん。
カメラを手にすれば、全ては被写体。
「その人のよい面を撮るために、どう捉えるか」
それをジャッジするのがプロのカメラマンであり、お客さまはそこにお金を支払うのだ。
セミヌードであってもそれは変わらない。
そんな森下さんが捉えた、中川さんのセミヌード写真は、本当にかっこいい。

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夢が叶い、中川さんは思った。
「きっと私と同じように、セミヌードを撮りたい人は居るはず!」
すぐに、森下さんに提携を持ちかけた。
事業名は、『ごほうびPhoto』。
「名前に惹かれた」
と、森下さん。事業の広がりもイメージでき、提携を快く承諾した。
中川さんはすぐに事業計画を作成し、創業支援プログラムの最終日、銀行など支援機関がずらりと並ぶ発表の場で、創業計画をプレゼン。翌月には販促ツールを制作し営業を開始した。
ターゲットは、経営者や、結婚直前の女性など、今の自分を写真に残しておきたいと思う個性的な女性たち。
撮影に慣れていないお客さまをリラックスさせたり、ヘアメイクを直したり、ポージング指導をするのが中川さんの役割だ。
1年半を経、キャラクターに扮した人や、趣味のグッズを撮影したりと、”ご褒美”の幅も広がってきた。

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3人居る意味。
新たにユニットに加わった下坂さんは、専門学校で映像を学んだ後、広島のCM制作会社に就職。
「いつかは独立したい」
という思いから、撮影だけでなく、印刷など幅広い知識や経験を身につけようと転職。フォトアルバム等の制作会社で7年の経験を積み、30歳で独立して以来、自宅で2年間やってきた。
そろそろオフィスを持ちたいなと思っていたところに、タイミングよく森下さんと出会った。
「同業だけど、路線が違う」
そんなお互いを、必要と感じた。そんな2人に、中川さんが反対する理由はなかった。
ユニットは3人に。お客さまの我儘なオーダーにも、
「撮りたいですよね」
と、その思いを理解できるのは、中川さんならでは。そんな案件を、森下さんと下坂さんが、技術面から検討。知恵を絞ってアイデアを出し合う。予算が限られていても、また、道具にも限りがあるが、
「無いものから、工夫するのが面白い」
3人居る意味は、そこにある。

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繋がる可能性。
中川さんの良さは、誰とでもすぐに仲良くなれること。
「やりたいことに向けて努力をしていたら、周りは必ず協力してくれる」そして「聞く耳を持つ」
そうやって、出会った人に助けられてきた。
「そんな出会いを、これからもずっと大事にしたい」
と、中川さん。

広島に来て、SO@Rにも関わり、多くの経営者と出会ったという森下さん。周りにいる起業家の仲間たちは繊細で、みんな人との繋がりをとても大切にしている。そんな姿を目の当たりにして、たくさんの刺激をもらっている。
「目指すは、”広島一の動画制作会社”」
これからも、多くを学び、自分を大きくしていきたい。

これまで自宅でやってきた下坂さんは、SO@Rビジネスポートに入居して、人と関わる機会が増えたという。
「もっと、コミュニケーションしていきたい」
そんな前向きな志向も、3人だからこそできる可能性を実感したからこそ。
ここからまた何が産まれるのか。
「ごほうびPhoto」の今後が楽しみだ。
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インタビュアー : (株)ソアラサービス 代表取締役社長 牛来千鶴

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